1982年ワールドカップ(W杯)スペイン大会で、イタリア代表FWとしてチームを優勝に導いたパオロ・ロッシ氏が死去した。64歳だった。ロッシ氏が解説者を務めていた国営イタリア放送協会(RAI)が報じた。11月25日に亡くなったディエゴ・マラドーナ氏に続き、サッカー界のレジェンドがまた1人、天国へと旅立った。

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早すぎる死だった。病名は明かされていないが、RAIは長い間、難病と闘っていたと伝えた。妻フェデリカ・カッペレッティさんは自身のインスタグラムに夫妻の仲むつまじい写真をアップ。ハートのマークとともに「永遠に」という言葉を添えた。

身長174センチで細身の体ながら、鋭い動きだしで相手選手のマークを外し、シンプルなワンタッチでゴールを重ねた。その姿からパブリート(小さなパブロ)の愛称で親しまれ、ユベントスを2度のセリエA優勝に導いたほか、欧州カップ(現欧州CL)も制した。だが最も印象的なのは代表での活躍だ。

78年W杯アルゼンチン大会に出場し、チームの4強入りに貢献。80年に八百長に関与した容疑をかけられ、本人は否定したものの2年間の出場停止処分を受けた。処分明けの82年W杯スペイン大会で世界的なスターへブレークした。

2次リーグでジーコ、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾ、ファルカンを擁するブラジルを相手にハットトリック。「黄金のカルテット」を1人でなぎ倒して3-2の勝利に貢献した。西ドイツとの決勝でも先制点を挙げ、6得点で得点王となり、チームに3度目の優勝をもたらした。

「バンビーノ・デ・オーロ(黄金の子)」とも称され、82年のバロンドール(欧州最優秀選手)も受賞。W杯通算9得点はロベルト・バッジオ、クリスティアン・ビエリと並んでいまだにイタリア代表最多記録だ。そんなレジェンドを悼む声は多く、元ドイツ代表FWのユルゲン・クリンスマン氏は自身のツイッターに「親愛なるパブリート、いつまでも君のことを忘れない」と記した。