はじめに
多くの方がご存じのように、小惑星探査機「はやぶさ2」は2014年12月に種子島宇宙センターから打ち上げられ、2018 年6 月にC 型小惑星*1リュウグウに到着しました。数々の偉業を成し遂げつつ、小惑星リュウグウからサンプルを採取し、2019 年11 月にリュウグウを出発、2020 年12 月に無事地球へサンプルを届けてくれました。現在「はやぶさ2」は、「はやぶさ2 #」と名前を変え、2026 年の小惑星2001 CC 21 フライバイ、2034 年の1998 KY 26 ランデブーへ向けた拡張ミッションへと突入しています。
2024年2月時点で、小惑星リュウグウ・「はやぶさ2」に関する査読付き論文は351を数え、学会発表を加えると1,000 弱に及びます(NASA ADS調べ)。これだけ多くの研究成果が創出されるのは嬉しい反面、全体を俯瞰して「はやぶさ2」の成果を述べるのがだんだんと難しくなってきているという側面もあります。最初この記事の執筆依頼を頂いた際、『「はやぶさ2」の総括的な記事』とのことでしたが、簡単にYESと言えるものではありませんでした。ということで、今回は私の守備範囲である「はやぶさ2」中間赤外観測・熱物性に関する結果に絞って、「はやぶさ2」到着前から到着後、リュウグウサンプルの分析までを総括的に書き記したいと思います。そのほかの観点での総括記事は後々のお楽しみということで。
熱観測からリュウグウを想像する
熱赤外観測では、天体表面の温度が分かります。小惑星表面の温度は、太陽からの入射エネルギー、宇宙空間への熱輻射、地下への熱伝導のバランスによって決まります。地下への熱伝導の程度は、地表面がどのような物質で構成されているかによって変わり、その程度を表すパラメータが熱慣性*2 です。熱慣性が高い物質は、熱伝導率が高く温度が変わりにくい性質を持ちます。例えば、地上にあるような普通の石の熱慣性は1,000 Jm-2 s-0.5 K-1 程度のオーダーなのに対して、月面の熱慣性は50 Jm-2 s-0.5 K-1 程度です。月面の低い熱慣性は、レゴリス(岩石の細粒の粉砕物)で覆われており、粒子間の微小な接触面によって隣り合う粒子間の熱伝導率が小さいことに起因します。このように、熱慣性は表面にどのような物質が存在しているかの指標となります。ちなみに熱慣性から表面物質の" 定量的な" 情報、例えば粒子サイズや空隙率を抽出できるモデルを作成したのが筆者の博士論文の一部だったりします [1]。
熱慣性は宇宙望遠鏡等での赤外観測によって推定できます。リュウグウも「はやぶさ2」到着前から「あかり」やSpitzer、NEOWISE等の望遠鏡観測から熱慣性の値は推定されていました。その値は150 - 300 Jm-2 s-0.5 K-1 で [2]、地球にある普通の石そのものよりも低く、月面レゴリスよりも高い、という値でした。この値からチームは、リュウグウ表面はcmスケールの岩石粒子で覆われていると予測しました [3]。
「はやぶさ2」がリュウグウ近傍に到着し、可視光カメラの観測でまず驚いたのはメートル級の多くの岩塊で覆われていたことでした。つまり、上記の到着前の予測は外れてしまったのです。可能性としては、①望遠鏡観測による熱慣性推定値が間違っていた、②熱慣性の解釈方法が間違っていたの2 つが考えられました。今こそ「はやぶさ2」に搭載した中間赤外カメラTIRの出番だ!
「はやぶさ2」の観測
TIR(中間赤外カメラ、Themal InfraRed Imager)は小惑星表面の温度分布を連続的に観測します。「はやぶさ2」の位置を慣性空間に固定した上で、小惑星が自転により360 度回っていく様子を連続的に撮像することで全球的な表面温度観測を行いました。同時に小惑星上の各位置における温度の時間変化を観測しました。表紙画像 がその一例です*3。
このようなリュウグウ1 自転分の温度計測から、各緯度経度における熱慣性を求めました(図1)。その結果、リュウグウの全球平均の熱慣性は225 ± 45 Jm-2 s-0.5 K-1 であることが分かりました [4]。すなわち、望遠鏡観測の結果(150- 300 Jm-2s-0.5K-1)と同程度の値を持ちます。ちなみに、小惑星の望遠鏡観測での熱慣性の値をその場観測で検証したのは、「はやぶさ2」TIRが初めてです。この結果は、我々のこれまでの熱慣性の解釈方法が間違えていたということを意味しています。なお、NASAの小惑星サンプルリターンミッションOSIRIS-Rexにも熱放射計OTESが搭載されており、リュウグウと同様の結果(熱慣性はリュウグウと同程度、表面は岩塊だらけ)が得られています [5]。
熱慣性の値は自転による温度変化から求めた場合、熱浸透深さ*4 程度までの物性情報を反映します。リュウグウの自転周期7.6時間と推定された熱慣性の値、および典型的な隕石の密度2500 kg m-3、比熱800 J kg-1 K-1を用いると、熱浸透深さはおおよそ1cm程度のオーダーと見積もられます。石の大きさが熱浸透深さよりも大きい場合、熱慣性の値は岩石そのものの熱慣性を強く反映した結果となります。逆に、石の大きさが十分に小さければ、粒子間の微小な接触面を熱が流れることになるので熱慣性は粒子集合体としての値を反映します。メートル級の岩塊によって覆われているリュウグウの場合、推定された熱慣性は岩塊そのものの熱慣性を表しているものと考えられます。岩塊の熱慣性が225 ± 45 Jm-2 s-0.5 K-1 というのは意外な結果でした。なぜならば、隕石の熱慣性は低くても750 Jm-2 s-0.5 K-1 程度であり、こんなに低い熱慣性を示す小惑星物質を我々は知らなかったからです。だからこそ、低い熱慣性=小さな粒子の集合体、という固定観念が生まれていました。
なお、小型ランダー MASCOTにも熱赤外センサ MARAが搭載されており、岩塊そのものの熱慣性を測定することに成功しました。そこで推定された熱慣性は約280 Jm-2s-0.5K-1で [6]、TIRの観測結果と整合的でした(TIRデータを解析した身としては、もの凄く心強い結果)。
では、岩塊の熱慣性が低いことは何を意味しているのでしょうか?最も影響が大きいのは、岩塊の空隙率だと考えられます。空隙率が高い、つまり中身がスカスカなほど断熱性が高く熱慣性が低いことになります。隕石の熱慣性および空隙率を用いた経験的なモデルに基づくと、リュウグウの大部分の岩の熱慣性200 ~ 400 Jm-2 s-0.5 K-1 は空隙率で30- 60 %程度に相当します。きっと手で簡単に押しつぶせるような脆い石なのだろうと想像されます。そのようなサンプルが地球に届けられているはずだろう、と。なお、「はやぶさ2」の高度100 m以下の低高度運用で100 個以上の岩塊一つ一つを識別して温度を計測することに成功しており、大部分の岩の熱慣性は200 ~ 400 Jm-2 s-0.5 K-1 でした [7]。一方で、隕石と同程度の700 Jm-2 s-0.5 K-1 以上のものも数個発見され、逆に50 Jm-2 s-0.5 K-1 程度の極度に低い熱慣性を持つ岩も発見されています。このように全ての岩が同程度の熱慣性・空隙率を持つ訳ではなく、分布が存在することが分かりました。空隙率の分布は、母天体内部での熱変性、その破壊・再集積プロセスで生じたものと思われます。
リュウグウサンプル分析
2020年12月 にリュウグウのサンプルが地球へ届けられました。TIRおよびMARAによる熱慣性推定結果と照らし合わせるべく、サンプル粒子の熱物性計測が行われました。試料サイズは最大でも1cm程度であるため、微小領域の熱拡散率*5を測定するのに適しているロックインサーモグラフィ法が用いられました。この方法ではレーザー光で試料を周期的に加熱し、それによる温度変化を赤外線顕微鏡で観察することで、非接触で熱拡散率およびその異方性を測定することができます。
リュウグウサンプル6 粒の熱拡散率測定値(2.8-5.8 x 10-7 m2 s-1)、密度および比熱の実測値(1650 - 1920 kg m-3、865 J kg-1 K-1)を用いると、粒子の平均熱慣性は790 ~ 1250 Jm-2 s-0.5 K-1 であることが明らかになりました [8]。TIRおよびMARAの観測結果よりも3 倍以上大きな熱慣性です。ここでも予測が外れてしまいました。なぜサンプルの熱慣性はTIR/MARAによるその場観測結果と異なるのでしょうか?理由として考えられるのは熱浸透深さおよび空隙の空間スケールの違いです。上述したように、リュウグウ表面では日周期の熱浸透深さは1 cm程度です。一方で、ロックインサーモグラフィでは熱サイクルの周期は1 秒程度で、熱浸透深さは数百μmです。すなわち、数百μmよりも大きなスケールに渡ってクラックや空隙があり、かつそこを通るような熱の流れが存在すれば熱慣性は低くなり、結果としてリモセンデータによる熱慣性とサンプル分析による熱慣性の整合性が取れるのかもしれません。事実、図2 でお見せしたリュウグウサンプルには熱拡散率の異方性が確認されており、熱拡散率が最も低い方向(図2 b-dの左上方向)では熱慣性240 Jm-2 s-0.5 K-1 相当で、TIR/MARAでの測定値と同等となっています。こちらの方向には数百μm よりも大きいスケールでのクラックや空隙が潜んでいるのかもしれません。
度重なる想定外から
赤外観測は物理特性情報を引き出すことができる唯一無二の探査手法です。単に熱慣性が分かるというだけでなく、その熱慣性を持つためにはどのような構造の物質でなければいけないのか、更に他の物理特性、例えば圧縮強度や弾性波速度などの機械特性まで推測できます。触ってはいないけど、手に取ったような情報を得ることができるのです。ただし、その議論のベースにあるのはラボでの基礎実験や理論モデルです。そして、その答え合わせが惑星探査だと筆者個人的には考えています。本記事で述べさせていただいた通り、到着前の予測は外れ、サンプルに関する予測も外れました。全然ダメじゃないか、という感想もあるでしょうが、探査をしなければ当然のように皆そうだと思って過ごしていたところに、風穴を開けることに成功したと言えるでしょう。
今後、中間赤外での小天体探査は継続していきます。ESA の二重小惑星探査計画Heraでは、「はやぶさ2」TIRチームが中心となって赤外カメラTIRIを開発し、2023年12月にプロトフライトモデルを届けました(ISASニュース 2024年2月号 )。Heraは2024年10月に打ち上げられ、2026 年末に二重小惑星Didymos-Dimorphosに到着する予定です。きっとまた我々に想定外の観測結果を送ってくれることでしょう。その一方で、想定外にならないように、「はやぶさ2」TIRデータの解析、サンプル分析、基礎実験を行って準備していく所存です。
参考文献
[1] N. Sakatani et al., Thermal conductivity model for powdered materials under vacuum based on experimental studies, AIP Advances 7, 015310, 2017.
[2] T. G. Müller et al., Hayabusa-2 mission target asteroid 162173 Ryugu (1999 JU2): searching for the object's spin-axis orientation, Astron. Astrophys. 599, A103, 2017.
[3] K. Wada et al., Asteroid Ryugu before the Hayabusa2 encounter, Progress in Earth and Planet. Sci. 5, 82, 2018.
[4] Y. Shimaki et al., Thermophysical properties of the surface of asteroid 162173 Ryugu: Infrared observations and thermal inertia mapping, Icarus 348, 113835, 2020.
[5] B. Rozitis et al., Asteroid (101955) Bennu's weak boulders and thermally anomalous equator, Sci. Adv. 6, eabc3699, 2020.
[6] M. Grott et al., Low thermal conductivity boulder with high porosity identified on C-type asteroid (162173) Ryugu, Nat. Astron. 3, 971-976, 2019.
[7] N. Sakatani et al., Anomalously porous boulders on (162173) Ryugu as primordial materials from its parent body, Nat. Astron. 5, 766-774, 2021.
[8] T. Ishizaki et al., Measurement of microscopic thermal diffusivity distribution for Ryugu sample by infrared lock-in periodic heating method, Int. J. Thermophys. 44, 51, 2023.
【 ISASニュース 2024年3月号(No.516) 掲載】
からの記事と詳細 ( 「はやぶさ2」で分かったこと:熱赤外観測の観点で | 宇宙科学研究所 - JAXA 宇宙科学研究所 )
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