スペインのラ・リーガは2020-21シーズンを終えたが、久保建英の挑戦はまた新たな局面を迎える。 ■【動画】ヘタフェを残留に導く見事な一撃! 久保建英の今季リーガ初ゴール■ 保有権はレアル・マドリードにあるが、これまでは出場機会を求めて他クラブを期限付き移籍で渡り歩いてきた。来季に向けて最適な居場所を見極めなくてはならない。 その才能に疑いの余地はなく、日本国内での期待も当然ながら高い。ここまでの歩みだけでも日本を沸かせるに十分だが、その「熱」に浮かされてはいけない。 10代にしてスペインで戦う若者を、冷静に見つめる正しい「尺度」が必要だ。
■簡単ではないレアルへの10代での移籍
スペインの地で若くして将来を有望視されながら、10代でブレイクできなかった例は枚挙にいとまがない。筆頭はセルヒオ・カナレスだろう。 カナレスは、2008年9月18日にラシン・サンタンデールで、17歳にしてトップデビューを果たした。翌2009-10シーズンには主力選手になり、リーガ26試合に出場している。19歳のカナレスにレアル・マドリードが触手を伸ばしたのが、2010年夏のことだった。450万ユーロで移籍は成立した。 「グティのようなプレーをする」と、当時のジョゼ・モウリーニョ当時監督に言わしめたカナレスだが、レギュラーポジションは与えられなかった。シャビ・アロンソ、サミ・ケディラ、メスト・エジル、カカー、ラサナ・ディアラ、アンヘル・ディ・マリアらとの厳しい競争が彼を待っていた。 「R・マドリードへの移籍は難しかった。それは否定しないよ。(サンタンデールの)自宅で両親とや家族と一緒にいることや友人と過ごす時間がなくなり、マドリードで一人暮らしを始めて...。自分を取り巻くブームのようなものもあったしね」とカナレスは当時を回想する。
■「終わった選手」とのレッテルを覆して
カナレスは今年2月、20代を卒業した。三十路に入った男の言葉は味わい深く、示唆に富む。 「ずいぶん前から、失敗への恐れはなくなった。僕のように若くしてキャリアをスタートさせると、常に『彼には期待していたんだが...』という言葉がつきまとう。今となっては、そういう言葉に僕は傷つかなくなった。その反対だよ。僕は目標を見据えて、働き続ける。大きな目標もあれば、小さな目標もある。そういったものを達成できなくても、それまでの道のりを楽しむようになったんだ」 カナレスはその後、バレンシア、レアル・ソシエダ、ベティスと複数クラブを渡り歩いた。度重なる負傷に苦しめられ、幾度となく“終わった選手“だと揶揄された。それでも2019年3月にスペイン代表デビューを飾り、現在はベティスで必要不可欠な選手になっている。彼が華々しくR・マドリードに入団してからA代表デビューに至るまで、10年以上の歳月は必要なものだった。 カナレスと似たようなケースがある。テオ・エルナンデス(現ミラン)の例だ。 テオ・エルナンデスは、兄であるリュカ・エルナンデス(バイエルン・ミュンヘン)と共にアトレティコのカンテラで育った選手だ。当時から将来を嘱望され、アトレティコで高い評価を受けていた。2016-17シーズンのアラベスへのレンタル移籍が、キャリアの転機になった。リーガ1部でインパクトを残したテオ・エルナンデスに、食指を動かしたのは、やはりR・マドリードだった。 同じ街のライバルクラブへの、いわば”禁断の移籍”だが、19歳の才能を逃すまいとR・マドリードは契約解除金2400万ユーロ(約31億円)を支払う準備を整えていた。アトレティコは拒否の姿勢を示したが、最終的には移籍金2600万ユーロ(約33億円)で取引が成立した。 2017年夏にR・マドリードの一員になったテオ・エルナンデスだが、ジネディーヌ・ジダン監督のファーストチョイスはマルセロだった。リーガ13試合出場にとどまったのち、レアル・ソシエダへのレンタルを経て、2019年夏にミランに完全移籍。現在は、セリエAで最高の左サイドバックの一人と評価されるようになっている。
森田泰史
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