東京大学、筑波大学、尾道市立大学、国立天文台の4者は1月26日、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションの結果、銀河中心の大質量ブラックホールがわずか1億年で活発な活動を停止してしまう謎を明らかにしたと発表した。
同成果は、東大 情報基盤センターの三木洋平助教、筑波大 計算科学研究センターの森正夫准教授、尾道市立大 経済情報学部の川口俊宏准教授(国立天文台 客員准教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系列の天文・天体物理学雑誌「Nature Astronomy」に掲載された。
大多数の銀河の中心には、太陽の数十万倍から数十億倍という大質量を持ったブラックホールが位置していると考えられている。我々の天の川銀河もその例に漏れず、中心には太陽の400万倍という巨大な「いて座A*(エースター)」という大質量ブラックホールが存在していることがわかっている。
これだけの質量があると、さぞかし貪欲に大量のガスや塵、時には恒星や惑星などを飲み込んでいるものと想像されがちだ。しかし現実にはそうでもなく、少なくともいて座A*をはじめとする多くの銀河中心の大質量ブラックホールは、現在は大人しいことがわかっている。
なぜ大人しいといえるのかというと、銀河中心ブラックホールに大量の物質が落ち込み続けた場合、それらの位置エネルギーの解放により、「活動銀河核」となると考えられているからだ。活動銀河核は、銀河の中心部の非常に狭い領域から、その銀河全体の光度をも超えるほどの強い電磁波が放射されるのが特徴だ(その中で最も激しいものは「クエーサー」と呼ばれている)。しかしいて座A*はもちろん、多くの銀河中心ブラックホールは、活動銀河核やクエーサーのように激しく輝いておらず、至って大人しく、ただただ強大な重力で数多くの恒星や星間ガス、塵などを銀河内にまとめ上げているだけなのである。
銀河中心ブラックホールが強大な重力を有するにもかかわらず、周囲の物質を飲み込みまくれないのには理由がある。強大な重力だからこそ、逆に物質が吸い込まれにくくなる状況が出現するのだ。
ブラックホールの赤道上空には、これから吸い込まれようとしている直前ともいえる物質が土星の輪のように周囲を巡る「降着円盤」が存在する。銀河中心ブラックホールにも巨大な降着円盤が存在する。そして、その外側に大きく取り囲むように存在するのが、ガスや塵でできたトーラス(ドーナツ)状の雲だ。
このトーラス状の雲も、銀河中心ブラックホールの重力が強くなればなるほど、降着円盤のように高速で回転するようになる。その結果として強い遠心力が生じ、物質が降着円盤にまで落ち込みにくくなってしまうのだ。降着円盤に落ちてくる物質が少なくなれば、銀河中心ブラックホール自体も飲み込める物質の量が少なくなる。いわばトーラス状の雲が、落ち込もうとしている物質のバッファとして働くのである。
銀河中心ブラックホールが活動銀河やクエーサーとして激しく活動するそのスイッチとなるメカニズムは、銀河の進化過程において頻繁に起こる現象である「銀河同士の衝突」だと考えられている。銀河同士の衝突がきっかけで大量の物質が銀河中心ブラックホールに流れ込むようになり、活動銀河核やクエーサーへと至るのだ。
しかし、銀河中心ブラックホールが明るく輝いている期間はわずか1億年程度と、あまり長くない。激しい活動を終了させるメカニズムが存在していると考えられ、長期間にわたって活動銀河核やクエーサーのままではいられないようなのだ。
激しい活動ができないのは、多くの銀河中心ブラックホールにおいて、現時点では吸い込む物質が枯渇した状態にあることが理由である。要は、ガス欠状態というわけだ。いて座A*も現在はガス欠状態にあり、活動銀河核やクエーサーのように強烈なX線やガンマ線などの電磁波を破壊的な強度で発していないのである。ただし、肝心の活発な活動を終了させるメカニズムについては、これまでのところ定説がなかった。
また近年になって、急激に活発な活動を停止した痕跡が見られる銀河も多数発見されるようになってきた。そのことからも、銀河中心ブラックホールの活動停止機構の特定が待たれていたのだという。
銀河内の恒星の分布や運動状態、金属量といったデータを“化石情報”とし、銀河がどのように誕生し、成長してきたかを調べる「銀河考古学」という学問がある。その銀河考古学において、代表的な研究対象のひとつとされるのがアンドロメダ銀河だ。宇宙スケールで見た場合、わずか200万光年余りと、地球から肉眼でも見えるほど近い大型銀河であるという点がまずひとつ。そして、その中心に位置する大質量ブラックホールはいて座A*と並んで活動性が非常に低く、穏やかなので観察しやすいというのもある。
これまでの観測から、アンドロメダ銀河のその周辺には、筋状や貝殻状の恒星分布の巨大な構造があることが確認されていた。銀河考古学の観点からは、それらを含めた数々の構造は、かつて小質量の衛星銀河が落下してきてアンドロメダ銀河の中心領域を突き抜けていって破壊された残骸であると考えられている。天の川銀河やアンドロメダ銀河などの大型銀河は、こうして次々と周辺の小質量銀河(矮小銀河)を取り込んで自らの一部として大型化し、また星の材料となる物質を補充してきたのだ。
そのアンドロメダ銀河に落下した衛星銀河たちについては、その大きさや質量、落下軌道などが明らかにされている。つまりアンドロメダ銀河は、銀河衝突が中心の銀河中心ブラックホールの活動を停止できるかどうかを検証するうえで最適な観察の場ということになるのである。
今回の研究において共同研究チームがポイントとしたのは、銀河衝突によって銀河中心ブラックホールへの物質の供給源である、トーラス状の雲を取り去ってしまうことが可能か否かという点だ。取り去ってしまうことができれば、やがて銀河中心ブラックホールはガス欠状態に陥る。活動銀河核としての活発な活動が停止に追い込まれるため、銀河衝突がブラックホール活動の停止機構としても働いたとなるのである。
そして、「Oakforest-PACS」などのスーパーコンピュータを用いた3次元数値流体シミュレーションや1次元解析的モデルを用いて、その仮説を検証することで、銀河衝突と銀河中心ブラックホールの活動性の関係の解明が進められた。
まず今回の研究の第一歩として、アンドロメダ銀河において銀河衝突によるトーラス状の雲の剥ぎ取りが可能であるかが検証された。すると、衝突した衛星銀河のガスや塵などの「柱密度」がトーラス状の雲の柱密度よりも高い場合には、その運動量が与えられることによって、ほぼすべてのトーラス状の雲が剥ぎ取られるという結果となった。なお今回の研究における柱密度とは、落下してきた銀河の物質の落下方向に沿って積分したものである。
続いて、この銀河衝突による一連の過程について、アンドロメダ銀河以外のほかの銀河における中心ブラックホールの活動を停止させる機構への拡張の可能性が検証された。
その結果、多くの銀河中心ブラックホールの周辺にある降着円盤の柱密度は、銀河衝突によって剥ぎ取り可能な範囲であることが導き出されたという。つまり銀河衝突によって、多くの銀河中心ブラックホールの活動を停止することができることが示されたのである。
加えて、銀河衝突による銀河中心ブラックホール活動の停止頻度を見積もるために、欧州宇宙機関が打ち上げた位置天文観測衛星「ガイア」の世界最高クラスの精度による観測データ(2018年4月リリースのGaia Data Release 2)に基づく衛星銀河の精密軌道計算が実施された。これにより、銀河の中心領域に強い影響を与えられる銀河衝突の頻度が、1億年に1回程度と推定されたのである。
この結果は、銀河中心ブラックホールが明るく輝いている期間が1億年程度であるという事実とよく符合している。最初の銀河衝突が活動を活発化させ、それから1億年後の次の銀河衝突が活動を終わらせたということになる。ただし、衝突する銀河どのような軌道を取るかで運命は変わってくるという。銀河の中心領域に突入する際には活動を停止することになり、銀河の中心を離れて衝突する際には活動を活性化させると考えられるとしている。
こうした軌道の重要性は今まで考えられておらず、銀河と銀河中心ブラックホールの共進化過程への理解を深めるうえでの重要な視点が、今回の研究成果により提供された形となった。また、近年の観測によって発見されている、急激に銀河中心ブラックホールの活動が停止した兆候を示す天体群の理解にもつながることが期待されるとしている。
今回の研究によって、銀河中心ブラックホールの活動が銀河衝突によりコントロールされることが示された。しかし、停止期間がどの程度続くのかはまだわかっていない。単純に1億年ごとに活動と停止を繰り返すようなこともあるかもしれないが、衝突する銀河の軌道によっては、複数回連続で活動を活発化させるかもしれないし、その逆もあることだろう。
停止期間がどの程度続くのかを明らかにするためには、銀河中心領域を充分な精度で取り扱ったうえで、銀河全体の進化を長時間にわたって計算する超大規模シミュレーションを遂行する必要がある。ただし、そのような研究は現時点では未踏領域だとする。
共同研究チームは今後、さらに強力なスーパーコンピューターを最大限に活用した大規模シミュレーションを行うことで、銀河とブラックホールの共進化過程の解明に向けての探求を続けていく予定としている。
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