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Tuesday, July 26, 2022

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が早くも約135億年前の天体を観測! - sorae 宇宙へのポータルサイト

この宇宙では、光の速さはあらゆる速度の上限です。私たちが観ている天体の光もこの制限を受けるため、今この瞬間観ている天体の姿は、実際には光の進んだ時間の分だけ昔を観ている事になります。このため、宇宙のより遠くを見るという行為は、より古い時代を観ている事と同等であり、それだけ宇宙誕生の瞬間に近づけます。

では最も遠い天体、つまり最も古い時代に存在した天体は何でしょうか。

【▲ 図1: 遠くにある天体は、宇宙の膨張と共に遠ざかるため、光の波長が引き延ばされるドップラー効果が発生します。色は赤色に近づくため、これを赤方偏移と呼びます。(Credit: IMAGE: NASA, ESA, CSA, Andi James (STScI))】

【▲ 図1: 遠くにある天体は、宇宙の膨張と共に遠ざかるため、光の波長が引き延ばされるドップラー効果が発生します。色は赤色に近づくため、これを赤方偏移と呼びます。(Credit: IMAGE: NASA, ESA, CSA, Andi James (STScI))】

本題に入る前に、そもそも遠方の天体の距離の測り方について少し説明します。

皆さんは救急車やパトカーのサイレンが、近づいている時には音が高くなり、遠ざかると音が低くなる、という経験があるかと思います。これは、音という波の波長が、発せられる物体の運動の影響を受けて、縮んだり伸びたりするからです。これをドップラー効果と呼びます。

光も波であるため、ドップラー効果の影響を受けます。宇宙は膨張しているため、遠くにある天体は、私たちから見れば遠ざかる方向に運動して見えます。天体から発せられる光は、天体が遠ざかる速度の分だけ伸ばされ、波長が長くなります。ドップラー効果によって光の波長はより長い赤色に近づく事から、これを赤方偏移と呼びます。

宇宙では遠くにある天体ほど遠ざかる速度が増すため、ドップラー効果は強くなります。スペクトル (電磁波の波長ごとの強さ) からドップラー効果による波長の伸び具合を測る事で、天体までの距離を逆算することができるのです。

【▲ 図2: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、つい先日正式に稼働したばかりです。(Credit: IMAGE: NASA-GSFC, Adriana M. Gutierrez (CI Lab))】

【▲ 図2: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、つい先日正式に稼働したばかりです。(Credit: IMAGE: NASA-GSFC, Adriana M. Gutierrez (CI Lab))】

さて、ここまでの内容を踏まえた上で今回お話しする論文は、非常に注目に値します (※1) 。厳密には、これは論文ではなく、査読制度のある論文誌に投稿する前のプレプリントであり、いわば下書きの状態ですが、それでも注目を集めています。

ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのRohan P. Naidu氏らは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから、天文学史上2番目に遠い天体を発見したかもしれない、というプレプリントを発表しました。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と言えば、ハッブル宇宙望遠鏡の次世代と目され、1996年の開発開始から、25年の歳月と1兆円の費用をかけようやく打ち上げられた宇宙望遠鏡として話題となりましたね。そして2022年7月11日から13日にかけて、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のフルスペックの画像が公開された件は直近の話題として記憶に新しいかと思います。

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可視光線がメインのハッブル宇宙望遠鏡と違い、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は赤外線望遠鏡として設計されました。その理由はいくつかありますが、重要な理由の1つは遠い宇宙を撮影するためです。先ほど、遠い天体の光は赤方偏移をしているというお話をしましたが、極端に遠い宇宙ではこの赤方偏移が重大な問題となります。

誕生したばかりの宇宙に存在する天体は強い光を放っており、周りのガスを加熱します。そのガスは紫外線を放ちます。しかし私たちからそれを見ると、赤方偏移により赤外線になるまで引き延ばされてしまうのです。

ハッブル宇宙望遠鏡は赤外線も観測可能ですが、あまり得意ではありません。また、単純に遠くにあるため、光そのものが非常に弱いという問題もあります。ハッブル宇宙望遠鏡よりも大きな主鏡を備え、赤外線の観測に特化しているジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、極めて遠くにある天体が放つと思われる赤外線の波長を捉えるのに特化しているという特徴があります。

【▲ 図3: 上側3枚がGL-z11、下側3枚がGL-z13。左から、元の画像、モデル、残差を表します。(Credit: Naidu et al.)】

【▲ 図3: 上側3枚がGL-z11、下側3枚がGL-z13。左から、元の画像、モデル、残差を表します。(Credit: Naidu et al.)】

しかしながら、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の性能は想像以上に優秀であったようです。フルスペックの画像として公開された画像の他にもいくつかのデータが既に揃っており、今回の論文もそれを基に書かれました。

遠方の天体が見つかったのは2枚の画像で、波長2~5μmを捉える近赤外線カメラ「NIRCam」によって撮影されました。2つの天体はそれぞれ赤方偏移の値から、GL-z13 (GLASS-z13) とGL-z11 (GLASS-z11) と名付けられました。

GL-z13は333.1億光年かなたに存在する134.8億年前の天体、GL-z11は320.9億光年かなたにある133.8億年前の天体です。これはそれぞれ宇宙誕生から3~4億年前と言う非常に若い時に存在した天体と言う事になります。

ここで注意していただきたいのは、遠方の宇宙に存在する天体では、時代と距離に大きな開きが生じる事です。GL-z13は134.8億年前の銀河ですが、地球までの現在の距離は134.8億光年ではありません。宇宙は膨張して広がっているため、遠方の天体であるほど距離の引き延ばしの影響を受けるからです。それを補正した数字が333.1億光年という値です。このように、宇宙の膨張による引き延ばしを考慮した距離は共動距離と呼ばれています。

一方、光が天体を発してから私たちに観測されるまでに進んだ距離は光路距離 (光行距離) と呼ばれていて、この距離を用いることもあります。GL-z13までの距離を光路距離で表すと、134.8億光年という値になります。一般向けにも分かりやすいので光路距離が一般的に “距離” として使われる一方で、実際の距離は共動距離が正しくなります。

GL-z11は300億光年以上の距離にある直径約2000光年 (0.7kpc) の円盤銀河と良く一致する見た目の大きさをしています。一方でGL-z13はかなり小さく、推定直径は1600光年 (0.5kpc) です。

【▲ 図4: GL-z13やGL-z11は、これまで見つかった遠方の天体の中でも記録的に遠いものです。(Credit: Naidu et al.)】

【▲ 図4: GL-z13やGL-z11は、これまで見つかった遠方の天体の中でも記録的に遠いものです。(Credit: Naidu et al.)】

GL-z13は、現時点で見つかっている中で2番目に遠い天体となります。ただ、GL-z13の記録だけでは、そのスゴさはピンと来ないでしょう。ここでいくつかの記録を振り返ってみましょう。

最も遠い銀河として記録されているのは、2016年に発見されたGN-z11と呼ばれる銀河です (※2) 。GN-z11は分光観測によって正体が銀河であると特定されており、多くの観測データが揃っているものとしては最も遠い天体です。その距離は326.8億光年であり、133.9億年前の宇宙に存在します。これより遠い天体は全て何かしらのデータが不完全であり、正体がはっきりしていません。

関連:約134億光年先の天体「GN-z11」が観測史上最遠の銀河だと確定

一方で、正体は銀河であると推定されるものの、まだはっきりと定まっていないものとしては、2022年に発見されたHD1HD2と呼ばれる天体があります (※3) 。HD1はGL-z13が見つかった現在でも最も遠い天体です。HD1は334.0億光年かなたにある、134.8億年前の宇宙に存在する天体です。HD2は若干HD1より近く、329.0億光年かなたにある134.5億年前の天体です。

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他に2011年から2012年にかけて発見されたUDFj-39546284UDF12-3954-6284がありますが (※4) 、この2つは距離の根拠となるデータの疑わしさや不確かさが問題となっており、これらが最遠の天体にカウントされる事はあまりありません。

【▲ 表1: これまでに発見された超遠方の天体の一覧。GL-z13 (GLASS-z13) は現時点で2番目に遠い天体となります。】

【▲ 表1: これまでに発見された超遠方の天体の一覧。GL-z13 (GLASS-z13) は現時点で2番目に遠い天体となります。(Credit: sorae)】

今回のGL-z13の発見には2つの注目すべき点があります。1つは、これまでの記録上2番目に遠い天体を発見した事です。

私たちの現在の技術で見つかるという事は、それなりに明るく大きな天体である必要があるため、宇宙誕生から天体が生成されるまでの時間がより短くなったことを意味します。この事は、例えば宇宙誕生の瞬間に物質の量や密度のゆらぎがどの程度あれば、そのような大きな天体が短い時間でできるのか、という疑問の答えにもなるはずです。

ただし、より多くのことを語るには、GL-z13の詳細なデータを更に得る必要があります。現在では赤方偏移の値は不確かさが大きく、スペクトルデータなど様々な観測値も揃っていません。より多くの観測データが揃えば、GL-z13の正体や本当の距離、そして初期宇宙の環境についてより多くのことが分かるはずです。

もう1つは、最初の画像公開からわずか1週間後にこのプレプリントが発表されたスピード感です。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の運用は始まったばかりであり、まだまだ観測されていない領域は無数にあります。それにも関わらず、いきなり極めて遠い天体を見つけるというブルズアイ(大当たり)を射抜いた成果は、これからの観測にも期待が持たれます。

例えばHD1は、すばる望遠鏡やスピッツァー宇宙望遠鏡など複数の天文台の観測データ、合計1200時間分を解析して見つけたものです。これに対しGL-z13は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の単独観測で、露光時間も十数時間程度です。どちらが研究しやすいかは明らかでしょう。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が同じ領域を長期間観測し続ける、あるいは多くの領域を多数観測すれば、GL-z13のような遠くにある天体を発見するという成果は珍しくない話になるかもしれません。そしてニュースバリューが無くなるほどの観測数が揃えば、初期宇宙をより深く理解する助けになるはずです。

今回の成果は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が極めて優秀である事を示した一例となるでしょう。また、これはまだまだ始まりに過ぎず、より多くの遠い天体が見つかる可能性は大いにあります。これからの成果が非常に期待されるところです。

Source

  • STScI - Galaxies’ Spectra: Detailed Information Delivered by Light
  • STScI - James Webb Space Telescope Artist Conception
  • ※1: Rohan P. Naidu, et.al. - Two Remarkably Luminous Galaxy Candidates at z≈11−13 Revealed by JWST (arXiv)
  • ※2: P. A. Oesch, et al. - A Remarkably Luminous Galaxy at z=11.1 Measured with Hubble Space Telescope Grism Spectroscopy (The Astrophysical Journal)
  • ※3: Yuichi Harikane, et.al. - A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z ∼ 12–16 (The Astrophysical Journal)
  • ※4: Richard S Ellis, et.al. - The Abundance of Star-Forming Galaxies in the Redshift Range 8.5 to 12: New Results from the 2012 Hubble Ultra Deep Field Campaign (The Astrophysical Journal Letters)

文/彩恵りり

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