美人画家として「西の松園、東の清方」と並び称された鏑木清方だが、意外にも本人は「需められて画く場合いはゆる美人画が多いけれども、自分の興味を置くところは生活にある。それも中層以下の階級の生活に最も惹かれる」と言っている。清方没後50年、美人画だけでなく、市井の人々の生活や人生の機微を描こうとした「ほんとうの清方芸術」を紹介する展覧会。回顧展では初公開となる多数の作品を含め、日本画作品約110点を展示する。同展は一部展示作品と構成を替えて5月27日から京都でも開催される。
| 「没後50年 鏑木清方展」 |
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| 会場:東京国立近代美術館(東京・竹橋) |
| 会 期:2022年3月18日(金)~5月8日(日) |
| 休館日 :月曜(3月21日、28日、5月2日は開館)、3月22日(火)
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅より徒歩3分 |
| 詳しくは公式サイトへ |
今回の展覧会では作品を内容と形式から、明治時代の風俗描写が冴える「生活をえがく」、文豪の名作や歌舞伎を題材とした「物語をえがく」、清方の筆技が楽しめる「小さくえがく」の三つの章に分けて展示する。また20点を超す作品について、清方本人が制作記録に残した3段階の自己採点を紹介。そこから清方が大切にしたものも見えてくる。
「生活をえがく」
明治20年代の秋の夕方、鰯を売りに来た少年を若妻が呼び止める光景。入口と台所、戸袋を合わせて二間半。台所の内側もすだれ越しに見え、季節も場所も生活も語る清方の絵の特徴がよく分かる。
「生活をえがく」の章の中には、「東京」の地名を冠した作品のコーナーを設け、《築地明石町》への道筋をたどる。
近代美人画を代表する絵の一つ。1927年の第8回帝展で帝国美術院賞を受賞した。清方にとっては思い出深い明治30年代半ばの明石町の光景と合わせ、物思う表情で振り返る女性に明治回顧の心情を託している。時代もちょうど関東大震災と昭和改元を経て、明治ブームが起きていた。
三部作をなす《新富町》と《浜町河岸》も清方の思い出の土地を舞台に、《築地明石町》の構想に寄せて制作された。《新富町》は新富芸者、《浜町河岸》は踊りの稽古帰りの町娘を描いている。
「物語をえがく」
戯作者だった父の影響もあり、清方は幼い頃から読書や芸能に親しんだ。泉鏡花や樋口一葉の小説、近松門左衛門や井原西鶴、三遊亭円朝の怪談話や歌舞伎。挿絵画家からスタートした清方の物語を表現する力は特別だった。歌舞伎に想を得た作品のコーナーも。
泉鏡花の『一葉の墓』を読んでその墓を訪ねた時、清方は線香の煙の向こうに『たけくらべ』のヒロイン・美登利の幻を見たと言う。その体験に想を得て描かれた。
有名な舞踊「京鹿子娘道成寺」と「鷺娘」の一場面。清姫の化身である白拍子と鷺の化身の鷺娘が妄執にとらわれる姿を、片やしっとりと、片や激しく表現している。
明治の大噺家・三遊亭円朝が湯飲みを手に聴衆を眺めている。高座に上がった時の円朝のお決まりの姿だという。父の仕事の関係で幼少時から親しんでいた人物を、記憶と実物の小物を頼りに描いた。
「小さくえがく」
清方は大正時代後半に「卓上芸術」を提唱する。これは展覧会や床の間で見せる芸術とは異なる、卓上に広げて間近に鑑賞するような小さな画面の作品を指す。清方は画巻、画帖、色紙などに細部の表現を凝らして、即興的にかつ自在に筆を運んだ。
明治20年頃の東京下町の朝から夜までの様子を描く。江戸時代から変わらない暮らしに、新聞売りやランプ磨きをいった新しい風物も盛り込んでいる。清方は、この縦42センチの小さなサラサラとした描き振りの作品を、大作が並ぶ戦後の日展に出展した。
◆京都会場
会 場:京都国立近代美術館
会 期:5月27日(金)~7月10日(日)
(読売新聞事業局「美術展ナビ」編集班)
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