黒人のジョージ・フロイドが白人の警察官から暴行を受けて死亡した事件に抗議するデモ活動が、全米に広がっている。これに対して警察当局は、催涙ガスやゴム弾といった「非致死性の兵器」で制圧に乗り出したが、実のところこれらの兵器には人を死に至らしめる危険性が潜んでいる。
TEXT BY LOUISE MATSAKIS
この数日、全米の数十の都市で警察官による残虐な行為に対する抗議活動に数万人が参加している。ミネアポリスで5月25日に黒人男性のジョージ・フロイドが警察官に拘束された際に死亡した事件に端を発するものだ。
抗議活動の多くは平和的に進められている。だが、ソーシャルメディアやニュースの報道では、警察が催涙スプレーや催涙ガス、ゴム弾などの群衆を制圧するための兵器を使用している映像が流れている。映像には挑発的な行動がほとんど見られないにもかかわらず、事前の警告もなく、抗議者やジャーナリスト、見物人や少なくともひとりの子どもに対して、こうした兵器を警察官が使っている様子が映し出されているのだ。
警察の制圧で多数の負傷者
同様の兵器は過去数十年にわたり、世界中の警察で使われている。一方で、これらの「非致死性」の兵器は安全ではなく、被害者が死亡する可能性があることが研究で明らかになっている。
「催涙ガスやゴム弾を非致死性兵器と呼ぶことは完全に誤りです」と、ロヒニ・J・ハールは指摘する。ハールはオークランドのカイザー医療センターで緊急医を務め、群衆制圧用兵器の専門家としてカリフォルニア大学バークレー校の公衆衛生学部で講義を受けもっている。「すべての兵器と同じように、どのように使用されるか、誤用されるかによって致死性は異なります。これほど広く使用されるようになると、必然的に死亡者や重傷者が出てくるのです」
実際にこの数日、警察が群衆制圧用の兵器を使ったことで多数の負傷者が出たことが報告されている。シアトルでは警察が子どもの顔に催涙スプレーを噴射したと報じられている。ニューヨークでは、警官が若者の防御用マスクを取り除き、相手が両手を挙げて服従の意を示しているにもかかわらず、催涙スプレーを浴びせかけた。
狙われたジャーナリストたち
ロサンジェルス、サンアントニオ、ダラスなどの都市の警察も、抗議者に催涙ガスを使用している。そしてワシントンD.C.では6月1日夜、ドナルド・トランプ大統領が教会の前で写真撮影できるように、ホワイトハウス周辺で平和的に抗議活動をしていた人たちが催涙ガスで排除されたのである。
多くの場合、警察は報道関係者を標的としていた。フリーランスフォトグラファーのリンダ・ティラドはミネアポリスで、ゴム弾と思われるもので撃たれて片目を失明した。ケンタッキー州ルイヴィルでは、テレビの生中継中に現地リポーターのケイトリン・ラストが「撃たれる!撃たれる!」と叫んでいる様子が撮影されている。警察がゴム弾か、目や皮膚を刺激する催涙弾のようなもので、ラストとフォトジャーナリストのジェームズ・ドブソンを狙ったのだ。
カリフォルニアのラジオ局KPCCのレポーターのアドルフォ・グズマン=ロペスは、カリフォルニア州ロングビーチでの抗議活動の際にゴム弾で首を撃たれ、あざができて出血もした。フォトジャーナリストのアンドレ・メルチャールズは、ミネアポリスでの抗議活動中にゴム弾で撃たれたときの様子を、野球のボールが当たったときの「100倍ぐらい痛い」と『New York』誌に語っている。
命中精度が低く危険な“ゴム弾”
警察が最近の抗議活動で使用した兵器は多岐にわたる。専門家のハールによると、それらの多くは複数の素材を組み合わせた物であるという。
例えば「ゴム弾」とは、研究者がキネティックインパクト発射体(KIPs)と呼ばれる兵器の一種を指すためにしばしば使用される用語である。ところが、これらの多くは実際にはゴム製でない。「いま使われている兵器の大部分は、金属と硬くて危険な発泡体を混合したものか、ゴムの内部に金属の破片が含まれたものです」とハールは言う。ちなみにKIPsには、プラスティック弾、ビーンバッグ弾、スポンジ弾、ペレット弾なども含まれる。
KIPsは金属の弾丸と比べて、遠くから狙いを定めるのがはるかに難しい。ゴム弾の効果について参照できる学術研究はほとんどないが、研究者は1970年代からその命中精度の低さについて警告している。
群衆制圧用の兵器が健康に及ぼす影響についての2016年のレポートには、「従来型の弾丸とは異なり、キネティックインパクト発射体(KIPs)は変わった形状をしていたり、大きかったりする。このため前方に直進するのではなく、転がるように進む」と説明されている。このレポートは専門家のハールが共同執筆し、人権擁護の医師団体と自由人権団体の国際的ネットワークが発行したものだ。
「簡単に言うと、KIPsは穿通性外傷を与えるリスクを軽減するために速度が抑えられている一方で、命中精度が低くなることが多い」という。そして至近距離では「致死性をもつ可能性が高い」ことを、同研究は明らかにしている。
2002年に発表された別の研究では、イスラエルの警察が2000年の抗議活動で使用したゴム弾で撃たれた151人について調査されている。調査したイスラエルの研究者はハールらと同様に、「ゴム弾の命中精度の低さや不適切な狙いの定め方」によって「かなりの数の人が重傷を負い、死亡した」ことを明らかにしている。
この際には負傷して死亡した人が3人いたほか、多くの人が失明など深刻な合併症を患った。「そのため、この弾は群衆を制圧する安全な方法とみなされるべきではない」と、研究者は結論づけている。
催涙ガスがウイルス拡散につながる危険性
催涙ガスもまた危険である。子どもや高齢者、慢性疾患を持つ人なども含め、近くにいる人々に無差別に影響を与える兵器なのだ。
さらに厳密に言えばガスではなく、空気中に霧のように広がる粉末を金属製容器から放出する。さまざまな種類があるが、すべて痛みを感じる2つの受容体の1つをターゲットとして、目や鼻、口、肺の敏感な組織を刺激する。この化学物質に晒された犠牲者は意識が混乱するので、群衆を排除するためによく使用される。
米疾病管理予防センター(CDC)は、催涙ガスなどの「暴徒鎮圧剤」は、視力障害、嚥下障害、火傷、吐き気、嘔吐などを引き起こす可能性があると指摘している。長時間晒されると、失明や呼吸不全などのより深刻な症状が現れ、死に至る場合もある。6月1日にフィラデルフィアで撮影された映像では、道路の脇に追い詰められ、悲鳴を上げて、安全に逃げられない状態に見える抗議者たちに警察が催涙ガスを噴射していた。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のなか、催涙ガスの使用は特に惨事を引き起こす可能性がある。催涙ガスによる犠牲者は、せきやくしゃみの発作に襲われるが、これによってウイルスが拡散する可能性が高まるのた(ただし現在のところ、抗議活動が新型コロナウイルス感染者の急増につながったというデータはない)。
問題の本質から目をそらすな
催涙ガス自体からのリスクに加え、催涙ガスを噴霧する鉄製容器によるリスクもある。21歳のバリン・ブレイクは週末にインディアナ州で抗議活動に参加した際、催涙ガスの容器で頭を殴られて片目を失明した。
催涙ガスによって意識が混乱し、パニックになった群衆が先を争って逃げ出そうとすることもある。ヴェネズエラのナイトクラブで17人が亡くなった2018年の事件がその一例である。
催涙ガスはほかの化学兵器と同様に、1997年に批准された化学兵器禁止条約のもと、ほぼすべての国で戦争における使用が禁じられた。しかし、抗議活動や群衆を制圧するために依然として多くの場所で一般的に使用されている。公民権団体は2018年、米国境警備隊が子どもを含む非武装の移民の一団に催涙ガスを使用したことを非難している。
抗議者を制圧するために使われる兵器が注目されることで、今回の抗議活動がそもそもなぜ起きたのかという点から注意がそれないようにすべきだと、ハールは言う。群衆制圧用兵器の行き過ぎた使用と、いま起きている数千人規模の抗議活動は、まさに同じ問題に根ざしているのだ。それは特に黒人を対象とした、警察による理由のない暴力である。
「いま起こっていることは、警察による暴力に対する抗議活動です。それが本当の焦点なのです」と、ハールは言う。「その点から注意がそれないことを望んでいます」
※『WIRED』による「Black Lives Matter」の関連記事はこちら。
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