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Tuesday, June 16, 2020

【書評】本当の主人公は、東京の街そのものだ。|明け方の若者たち|三宅香帆 - gentosha.jp

何者かになりたい、こんなハズじゃないともがく若者の様子を描いた青春小説『明け方の若者たち』。カツセマサヒコさんのデビュー作です。

文筆家の三宅香帆さんに書評をお寄せいただきました。

*   *   *

お、おしゃれー。

小説で綴られるくらくらするくらいのおしゃれな恋愛っぷりに、読んでるうちに「うわー」と声が出そうになった。

でも別にそれは恋愛がおしゃれだって話ではなくて、東京という街がこの主人公におしゃれに見えている、ということなんだと思う。

小説『明け方の若者たち』の主人公は、東京に住んでいる、就職が決まりたての男子大学生。彼がとある女性に恋をして、就職して、大人になるまでの物語である。

SNSだったりiPhoneだったり就活だったり、2010年代の空気に囲まれた、都会の恋愛小説である。

主人公の恋した女性は、ミステリアスで、あまり彼女のことをつかみきれずに終わる。そのあたりに転がってそうな、若者の、恋してから失恋してそれを消化するまでを描いている。

……が、この小説の主人公は、彼ではない、と私は思う。

じゃあ本当の主人公は誰か。

もちろん恋した相手の彼女でもない。

たぶんこの本は「恋愛小説」というジャンルにおさめられるのだろうけれど、この小説のほんとうのジャンルは、「東京小説」なんだと思う。

そう、本当の主人公は、東京の街そのものなのだ。

たとえばあなたが大学生時代の恋愛を思い出すとき(ってこれ読んでる人の中にはまだ大学生じゃない人もいるかもしれないけれど)。真っ先に思い出すものは何だろうか?

たぶん、恋愛した相手の顔とか、言葉とか、もらったプレゼントとか、そういうものよりも前に思い出すのは、その人と過ごした風景じゃないだろうか。

一緒に行った映画館の入り口とか、よく行ったスーパーの餃子売り場コーナーとか、なんとなく寄ったパン屋さんとか、最初に出会った居酒屋とか、最後に会ったケーキのおいしい喫茶店とか。

思い出から遠ざかれば遠ざかるほど、むしろ、相手よりも相手と過ごした場所への愛着のほうが強まる気がする。

『明け方の若者たち』の場合、「東京」という街への愛着そのものが、思い出の女性への愛着とくっついて離れないようになっている。

きっと、江の島で食べたシラス丼のこととか、高円寺で通っていたカフェが潰れたこととか、雨の日の水族館のクラゲがやたらとうまそうに見えたこととか、深夜に打ち上げ花火をしたら三分と経たずに怒鳴りつけてきた爺さんのこととか、些細な思い出を、それとなく話したりして、その最中、僕は情けなくも、少し泣くのだろう。
ーー『明け方の若者たち』p132

私は、素直に「この主人公の目には、東京ってめちゃくちゃおしゃれな街に見えてるんだなあ、すごいなあ」と心底思った。

たとえ自分の仕事に満足してなくても、彼女と別れたとしても、東京というおしゃれな街で恋をしたことを、この人はきっとずっと忘れない。高円寺とか、井の頭線とか、新宿南口とか。あるいはそのとき好きだった、フジロックとか、ミスチルとか、きのこ帝国とか、そういうものたちが全部まとめて、彼の若いころの記憶になっていくんだろう。

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June 16, 2020 at 02:05PM
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