精神を病んだ犯罪者だけを収容する島から、一人の女性が消えた—
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)、『アビエイター』(2004)、『ディパーテッド』(2006)に続いて、レオナルド・ディカプリオと名匠マーティン・スコセッシが4度目のタッグを組んだミステリー大作、『シャッター アイランド』(2009)。原作は、『ミスティック・リバー』や『夜に生きる』などで知られるデニス・ルへインが、2003年に発表した同名小説だ。
衝撃のラストが待ち受ける“ネタバレ厳禁映画”だが、果たしてあなたはスコセッシが仕掛けた罠を完全に見破ることができただろうか……?
という訳で今回は、映画の製作背景なども織り込みつつ、『シャッター アイランド』をネタバレ解説していきましょう。
舞台は1954年、ボストンハーバーの孤島シャッターアイランド。アッシュクリフ精神病院に収容されていたレイチェル・ソランドという女性が、忽然と姿を消すという怪事件が発生する。連邦捜査官のテディ・ダニエルズ(レオナルド・ディカプリオ)とチャック・オール(マーク・ラファロ)は、事件解決のため調査を開始。やがてテディは、この事件の裏に“病院ぐるみの陰謀”があるのでは、と疑惑を深めていく。そして事件は思いもよらない結末を迎える……。
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この作品はもともと、『U・ボート』(1981)や『アウトブレイク』(1995)で知られるウォルフガング・ペーターゼンの監督作品として考えられていた。しかし、映画会社のパラマウントが「ヒットが見込められるように、よりアクションを押し出した作品を!」と、デニス・ルへインの原作小説を大きく改変していく中で、ペーターゼンは降板してしまう。
一方『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)以来、黄金タッグを組んできたマーティン・スコセッシとレオナルド・ディカプリオは、次回作にジョーダン・ベルフォート原作の『ウォール街狂乱日記 – 「狼」と呼ばれた私のヤバすぎる人生』の映画化を進める。しかし悪徳ブローカーのハチャメチャライフを描いたこの企画は資金調達が難航し、座礁に乗り上げてしまう。そこで、代わりの企画として持ち上がったのが『シャッター アイランド』だったのだ(元々の企画は、2013年に『ウルフ・オブ・ウォールストリート』として公開される)。
マーティン・スコセッシにとって、この映画を作ることは挑戦だった。数々の傑作を世に放ってきたこの巨匠にとっても、本格的なミステリー映画は初めての経験だったからだ。古今東西の映画に精通した生粋のシネフィルでもある彼は、映画全体のトーンを決めるにあたって、昔のホラー映画を見直した。特に参考にしたのは、『キャット・ピープル』(1942)や『私はゾンビと歩いた! 』(1943)など、’40年代に低予算ホラー映画を手がけたヴァル・リュートンの作品だったという。
映画のスタイルを俳優に伝えるために、ジャック・ターナー監督の『過去を逃れて』(1947)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958)の上映会も行った。実際仕上がった映画を観てみると、冒頭のフェリーシーンのあからさまなスクリーンプロセスや、極端に陰影をつけた撮影、バーナード・ハーマン風の仰々しい音楽など、ハリウッド黄金期を彷彿とさせるオールド・ファッションな演出が全編を貫いている。
ミステリー映画には超一流の演技アンサンブルが必須と考え、演技派の俳優たちを招集。ジョン・コーリー院長には『ガンジー』(1982年)でアカデミー主演男優賞を受賞したベン・キングスレー、ジェレミア・ナーリング医師役には『エクソシスト』(1973年)で知られる名優マックス・フォン・シドー、ドロレス役には『ブルーバレンタイン』(2010年)でアカデミー主演女優賞にノミネートされたミシェル・ウィリアムズ。主人公テディの相棒チャック役には、アベンジャーズのハルク役でお馴染みのマーク・ラファロが起用された。ラファロはもともとスコセッシの大ファンで、ファンレターを送ったところ、この役をゲットしたという(本当にそれで役を得られるなら、監督の元には日々大量のファンレターが届きそうだが)。
そして、レオ様ことレオナルド・ディカプリオ。ヒロイックなキャラクターよりも、心身を喪失した神経症的演技を突き詰めていた彼にとって、この役は渡りに船だったろう。文字通りこの役は、自分自身を見失っているというキャラクターなのだから!
前衛音楽やアンビエント・ミュージックを散りばめたサウンドトラック
マーティン・スコセッシは、音楽面でも新しい挑戦を行なった。スコセッシといえば、ロックナンバーを巧みに映画に織り込ませる名手。『ミーン・ストリート』(1973)ではザ・ロネッツの「Be My Baby」やローリング・ストーンズの「Jumpin’ Jack Flash」、『タクシードライバー』(1976)ではジャクソン・ブラウンの「Late For The Sky」、『グッドフェローズ』(1990)ではクリームの「Sunshine Of Your love 」やデレク・アンド・ドミノスの「Layla」……。
しかし今回はガラリと趣向を変え、全編にわたって不穏な前衛音楽を配置。サウンドトラックには、ジョン・ケージ、クシシュトフ・ペンデレツキ、マックス・リヒターの現代音楽や、ブライアン・イーノのアンビエント・ミュージックが収録されている。
1. Fog Tropes
2. Symphony #3: Passacaglia – Allegro Moderato
3. Music for Marcel Duchamp
4. Hommage À John Cage
5. Lontano
6. Rothko Chapel 2
7. Cry
8. On the Nature of Daylight
9. Uaxuctum: The Legend of the Mayan City Which They Themselves Destroyed for Religious Reasons – 3rd Movement
10. Quartet for Strings and Piano in a Minor
11. Christian Zeal and Activity
12. Suite for Symphonic Strings: Nocturne
13. Lizard Point
14. Four Hymns: II for Cello and Double Bass
15. Root Of An Unfocus
16. Prelude – The Bay
17. Wheel Of Fortune
18. Tomorrow Night
19. This Bitter Earth/On The Nature Of Daylight
ミステリー映画というよりも、怪奇映画という趣が強い『シャッター アイランド』だが、前衛音楽を大胆にサントラに使用するというアイディアは、遡ると『エクソシスト』(1973)にたどり着く。この映画でも、マイク・オールドフィールドの「Tubular Bells」をはじめ、数々の前衛音楽がコンパイルされていた。
よくよく考えると、『シャッター アイランド』にも『エクソシスト』にもマックス・フォン・シドーが出演しているのだが、これは単なる偶然なのだろうか?
周到に張り巡らされた伏線、タイトルの本当の意味を徹底解説
アッシュクリフ病院の院長ジョン・コーリーによって明かされた衝撃の真実を、簡単におさらいしておこう。
主人公テディことエドワード・ダニエルズの本名は、アンドリュー・レディス。エドワード(テディ)とレイチェルという名前は、自分自身と妻の名前のアナグラムだった。
本当の名前 Andrew Laeddis(アンドリュー・レディス)
妄想の名前 Edward Daniels(エドワード・ダニエルズ)
本当の名前 Dolores Chanal(ドロレス・チャナル)
妄想の名前 Rachel Solando(レイチェル・ソランドー)
※レイチェルはアンドリューの娘の名前でもある
心身を病んでいた妻のドロレスは三人の子供たちを溺死させてしまう。悲嘆にくれるアンドリューは妻を殺害し、アッシュクリフ精神病院に患者として収容される。その現実を受け止めきれない彼は、“自分は謎の失踪事件解決のために、シャッターアイランドに訪れた連邦捜査官である”という妄想の世界を創り上げた。謎のメモ「4の法則 67は誰?」の意味は、「4の法則=テディ、アンドリュー、レイチェル、ドロレスの4人の名前がアナグラムになっている」ということであり、「67は誰?=病院に収容されている患者は全員で66人。
しかし実はもう一人隠された67人目の患者(=テディ、すなわちアンドリュー本人)がいる」ということだった。主治医であるシーアン医師は、連邦捜査官チャック・オールという役割を演じることで彼を常に監視。アンドリューが真実に向き合えるように、病院ぐるみでロールプレイ治療の実験を行なっていたという訳だ。あーややこしい。
一見しただけでは分からないくらいのだが、よーく観察してみると、この映画にはそこかしこに周到な伏線が張り巡らされている。真相が解き明かされた上で、改めて作品を見直していこう。
1.フェリーでの船酔い
冒頭のフェリーのシーンで、テディは船酔いをしている。子供たちの死因が溺死であることから、“水”に対して極度のトラウマを抱えていたことは想像に難くない。
2.銃の没収
病院に到着して銃を没収されるとき、チャックは銃を取り出すのにやたら手間取る。本当の正体は医師である彼に、銃の取り扱いは不慣れだったからだ。
3.レイチェルの写真
院長からレイチェルの写真を見させられて、頭痛に襲われたテディはアスピリンはないかと尋ねる。彼女の子供殺しの手口が妻ドロレスの手口と同じだったために、“思い出したくない真実”が頭をもたげたのだろう。
4.職員への事情聴取
テディから事情聴取された看護婦が、シーアン医師について話をするときに、ちらっとチャックの方へ視線を走らせる。 もちろん、チャックがシーアン医師だからだ。
5.コーリー院長宅での会話
コーリー院長宅に招かれたテディに、医師のナーリングが「私の専門は君のような連中だ。暴力にどっぷり」と言うと、チャックは「勝手な決めつけだ」と憤りを露わにする。ロールプレイ治療でテディを救おうとするチャック(シーアン医師)と、ロボトミー手術しか方法はないと考えているナーリング医師との、意見の対立が見て取れる。
6.カーンズへの事情聴取
カーンズという患者との事情聴取で、彼女もシーアン医師について話をするときに、ちらっとチャックの方へ視線を走らせる。そして彼女が水を飲む瞬間、不思議なことにコップが消えているように見える。そんなことは現実では起こり得ない訳で、つまりこの時点で描かれていることは現実ではない。おそらくテディの妄想が入り混じっている。カーンズが「逃げて」と言うメモの走り書きを渡したのも、彼の妄想と考えられる。
7.レイチェルの発見
レイチェルは突然病院に舞い戻るが、そもそも彼女は現実に存在しない人物なので、これは病院側が仕込んだお芝居。映画のラスト近くに登場する看護婦がレイチェルを演じていた。
8.ジョージ・ノイスとの会話
牢屋に閉じ込められているジョージ・ノイスとの会話シーン。マッチが消えた後もなぜか部屋が明るいのは、このシーンもテディの妄想だからだ。彼のトラウマである“水”と同じく、その反対に位置する“火”(=マッチ)も、妄想の世界に入り込むスイッチになっている(テディの夢に登場するドロレスが、常に日に囲まれていたことに注意)。ノイスはシャッターアイランドの秘密を握っている重要なキャラクターという位置付けになっているが、実際には「放火魔のレディス」と本当の名前を言ってしまったことで、テディにタコ殴りされた一患者にすぎない。
9.洞窟に潜んでいた謎の女性
洞窟に潜んでいた謎の女性は、自分が本物のレイチェル・ソランドーだと名乗り、この島では秘密裏に人体実験が行われている、と語る。もちろん、これもテディの妄想。キャンプファイアーの“火”が妄想世界へのスイッチになったと考えられる。
10.タイトルに隠されたアナグラム
もう一つ大きなアナグラムが、この映画に隠されていたことに気づかれただろうか? 実は、『Shutter Island』というタイトル自体、『Truths and Lies』(真実と嘘)のアナグラムになっていたのだ!
スコセッシ作品に通底するモチーフ……“贖罪”の物語
マーティン・スコセッシにとって初めてのミステリー映画となる今作だが、作品に通底するモチーフはこれまでのスコッセシ作品とも共通している。それは“贖罪=犠牲や代償を捧げて罪をあがなう”というモチーフ。それは、イエス・キリストが全人類の罪を背負って十字架に架けられたことに表象される、カトリック的なテーマでもある。そしてスコセッシは、かつてカトリックの神学校に通い、神父になることを夢見ていた男だったのだ。
スコセッシが映画製作の道に転向した後も、処女作の『ドアをノックするのは誰?』では「カトリックの教えのために、ガールフレンドとセックスできない若者の罪と苦悩」を描くなど、フィルモグラフィーの初期から“罪”は重要なテーマとして扱われている。『最後の誘惑』(1988)ではキリスト自身の苦悩を描き、『沈黙 -サイレンス-』(2016)では神の不在を嘆いた。
「どっちがマシかな?モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」
テディの最後のセリフは、妻を殺してしまった罪を償うために、あえてロボトミー手術を受けることを選択する“贖罪”の言葉でもあったのだ。
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※2020年4月30日時点の情報です。
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April 30, 2020 at 04:02AM
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