研究最前線 2022年10月11日
藤代有絵子基礎科学特別研究員(以下、研究員)が2022年の「Forbes 30 Under 30 Asia」でHealthcare & Science部門の一人として選出されました。この賞は経済誌『Forbes』が毎年、アジア太平洋地域を対象に科学、スポーツ、ビジネスなどの10部門で将来の活躍が期待される30歳未満の若手人材を選出するものです。次世代の省エネルギー技術への貢献にもつながる研究が高く評価されました。
相転移の魅力にとりつかれて
常温で液体の水は100℃で気体になり、0℃で固体になる。このように物質は、温度などの条件によってまったく異なる状態を取る。この状態のことを「相」といい、相が変わることを「相転移」という。また、物質によっては極低温に冷やすと電気抵抗が0になる超伝導といった不思議な現象が起こるが、これも相転移の一種だ。
藤代研究員は「学生時代から相転移の魅力にとりつかれています」と笑う。「超伝導のように、ある相から別の相へ移り変わる瞬間にものすごく大事なことが起こっているんです。その過程を解明したい」。研究対象の中心は磁石などの磁性体。中でも注目しているのが、トポロジー(位相幾何学)の理論に基づく特殊な構造のトポロジカル磁性体(図1)だ。
2016年、超伝導などに関する相転移をトポロジーの理論によって解明した物理学者らにノーベル物理学賞が贈られたことは記憶に新しい。「相転移は、物性物理の数百年の歴史の中で最も重要な分野の一つ。そこに新たにトポロジーという数学の概念を持ち込むことで、これまで理解できなかった現象を理解できるようになってきました」
東京大学在学中の2010年代後半から師事し、現在所属する研究室の主宰者でもある理研創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長の下で実験にいそしむ毎日。研究の話題になると「スキルミオン」や「創発モノポール」といった最先端のキーワードが次々と飛び出す。
磁性体が磁石としての性質を示すのは、電子のスピンという性質によるものだ。電子スピンの向きが揃っていれば磁石の性質を示し、揃っていなければ磁石の性質を示さない。一方、スキルミオンはたくさんの電子スピンが渦状に並んだ状態で、磁石の相でも非磁石の相でもない第3の相に該当する。これもまたトポロジーを使って説明できるトポロジカル構造の一種なのだ。
トポロジカル構造を壊してみたら?!
トポロジカル構造は堅牢で壊れにくいうえ、従来の物質では実現できないような現象を示すことから、近年、電子デバイスを高性能化する切り札として注目されている。
「壊れにくいと聞くと、壊してみたくなりませんか?」と目を輝かせる。堅牢な構造が壊れて、別のトポロジカル構造に相転移した際にどのような現象が起こるのか。超高圧や強磁場、高温などの環境下でさまざまな実験を重ねた結果、熱電効果や相転移の制御など予想もしなかった新たな現象を次々に発見した。
図1 トポロジカル磁性体
藤代研究員はさまざまなトポロジカル磁性体をつくり出し、実験を重ねている。写真はその一例。大きい結晶は1cmほどの大きさだ。
「いずれは電子デバイスの大幅な省エネルギー化や超小型化を実現し、持続可能な社会に貢献したい」と夢は広がる。「物性物理学者になったからにはそれが使命。今はその下地をつくっているところです」と表情を引き締めた。
(取材・構成:山田久美/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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