若いうちにたくさんお金を稼いで株式投資などで資産を蓄え、定年を待たずして会社を辞めるFIRE。日本でも注目をにわかに集めている。
撮影:今村拓馬
「今の生活、辞めても良いっていう選択肢を持ちたいんだよね」
同世代の友人と久々にチャットしている時にそんな言葉を聞いた。彼は“FIRE”を目指していて、資産運用に詳しいので、時々私の人生相談に乗ってもらっている。
そんな彼に、「FIREを達成して、何を得たいの?」と聞いた時に返ってきた回答である。
『FIRE』とは『Financial Independence & Retire Early』の頭文字をとった言葉で、『経済的自立と早期退職』という意味を持つ。アメリカでベストセラーが生まれるなど、一種のブームになった。
日本でも今、若いうちにたくさんお金を稼いで株式投資などで資産を蓄え、定年を待たずして会社を辞めることを目指す生き方「FIRE」が、注目を集めているのだ。
冒頭の友人もまたその1人だが、自身の趣味であるエンタメ関連の仕事をしている人でもある。そんな彼がどうして?と思う人もいるだろう。しかし、「人生で仕事を辞めるという選択肢を持ちたい」という理由は、私も心から同意するものだった。
日本の社会をあっという間に覆ったFIREブーム
「FIREできるほどの資産を手に入れて、今の生活を辞めても良いという選択肢を持ちたい」。
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FIREという言葉は日本に突然現れ、あっという間に私たちの周りを取り囲んで、気づけば都心の本屋の平積みの棚で必ず見かけるようになってしまった。グーグルトレンドで過去5年間の動きを見れば一目瞭然だ。
この突然のブームの要因については、コロナ禍で不透明な経済に危機感を覚える人が増えたとか、株式投資サービスが身近になったことによる投資ブームだとか、複数語られている。どれもきっと合っていて、複数の”時代の空気”の重なりがこのようなムーブメントを生み出しているのだろう。
しかし、このFIREムーブメントで唯一、いつもモヤモヤすることがある。それが、横槍としての、「若いうちに仕事辞めてもつまんないよ」という指摘である。
確かに、その言葉には大賛成なのだが、果たして、FIREを目指せるような高給所得層に「はやく仕事を辞めて遊び呆けたい」と思っている人はどれだけいるのだろう。
あるいは、この “手が届きそうで届かない夢物語” のようなFIREに対して、本当に「仕事を辞めて、永遠に遊び続けられる」と信じている人がどれだけいるのだろうか。
だからこそ、私は彼に「どうしてFIREしたいの?」と問いかけ、冒頭の回答をもらったのである。
私たちは、遊び呆けるために、FIREしたいわけじゃない
彼の「FIREできるほどの資産を手に入れて、今の生活を辞めても良いという選択肢を持ちたい」という会話の流れが下記である。
筆者提供
彼もまた、仕事を辞めて遊びまくりたい!というわけではなく、お金の問題を一旦置いておいて、「人生を考えたい」という要望を口にしていた。
“人生の夏休みの宿題” をいつやるか問題
さらに彼はこの話に関連して、自分の友人である研究者の事例を教えてくれた。
彼の話によれば、研究の世界において、金銭的な制限を持ちながら研究をしていると、すぐに結果が出て利益になるような研究をせざるを得ない環境に追い込まれるケースがあるという。
反対に、金銭的な問題を考えずに済む環境で研究ができている人はその分、結果が出れば大きな価値につながる、時間がかかるが本質的な研究を続けやすいということがあるようだ。
この話は想像に難くない。こういった葛藤は、研究者だけに留まらないからだ。
例えば私もライターの端くれとして、幅広い領域の知識の習得と、時間軸の長い取材が必要な原稿に取り組みたいと思うこともある。しかしそれを実践することはない。
なぜなら、平日のほとんどは、(自分のやりたい仕事をしているとはいえ)生活費のために、周りから求められる、利益を短期間で得られる仕事をすることに追われている。そういった利益につながらない夏休みの宿題のような記事に取り掛かっていては「生活できない」と後回しにしているからだ。
近頃は、外出を規制されたことによってできた余剰資産を、こういった “人生の夏休みの宿題” を取り組むために使う人も増えているように思う。
目を背けてきた夢を叶える手段としてのFIRE
経済的事情で、本当に時間をかけて取り組みたいことを罪悪感を感じながら後回しにしている人も多いのではないだろうか(写真はイメージです)。
shutterstock/graphbottles
メーカーで商品企画をしている別の友人は、このコロナ禍で外出をしなくなって溜まった貯蓄で、学生時代に本当は通いたかった美大に通い始めた。
そして私もまた同様に、数カ月分の生活費になるくらいの貯金が溜まったのを機に、会社を退職して、いつか挑戦したかった執筆業を生業(なりわい)とするフリーランスになった。
理想は執筆業だけで生活を成り立たせることだが、独立時はそれほど収入もなかったので、期間限定で余剰資金で労働市場から離れる “プチFIRE” のような気持ちだった。
私の周りの人たちが真面目な人たちが多いのは事実かもしれない。しかし「経済的事情を乗り越えられるならばすぐにでも挑戦したいことがある」という人は多いのではないだろうか。
あるいは言い方を変えるならば、罪悪感を感じつつも経済的事情で、本当に時間をかけて取り組みたいことを、後回しにしている人も多いのではないだろうか。
そうやって、目を背け続けてきた夢を叶えられる方法として、FIREがこんなにも多くの人の注目を集めているのではないかと思うのだ。「FIREは仕事を辞めて遊び呆けたい人がするもの」という認識は、あまりにも解像度が低いと思うのである。
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