世界で一番貧しい大統領として有名になったホセ・ムヒカの出身地が、南米の小国ウルグアイ。国土は日本の約半分、人口は横浜市と同じくらいで約340万人だ。人よりも牛の数の方が多く、国民1人当たりの牛肉消費量は世界一。また、第一回サッカーW杯の開催地かつ優勝国でもあるほど、サッカーへの愛は深い。
そんな素朴なイメージとは反対に、20世紀にはスイスをモデルとした社会福祉国家を目指し「南米のスイス」と呼ばれた。そのため、中南米で最も民主的および平等な社会の一つであり、首都モンテビデオは中南米で生活の質(QOL)が最も高い都市に選ばれている。公教育は無料で、電力は約100%再生可能エネルギーだ。そして、2013年には同性婚を、さらに大麻も世界で初めて合法化した、非常にリベラルな国でもある。このように、一人当たりGDP(国内総生産)は日本の半分以下である一方、環境的および社会的に先駆的な政策を進めている。
一方、日本はかつて経済的先進国として世界第2位を保ってきたが、近年自らの行き先を見失っているように見える。南米一幸せな国とも呼ばれるこの小国から、日本が、そして私たち一人一人が学べることはないだろうか。今回、前編では、モンテビデオのスマートシティへの取り組みを、後編では、サステナブルスクールの活動を取り上げながら、今後私たちが目指すべき社会のあり方へのヒントを探っていきたい。
南米初のスマートシティ・モンテビデオ
スマートシティとは、交通インフラやエネルギー、サービスの効率化や市民の生活の質向上のために、IoTやAIなどの先端技術を用いた都市のことである。これまでIDEAS FOR GOODでも、エストニアやバルセロナ、米デンバー、静岡等の事例を取り上げてきた。
2018年に行われた国連の電子政府調査では、ウルグアイがラテンアメリカで唯一の電子政府としてノミネートされた。また、ウルグアイの首都モンテビデオは、2019年にスペイン・バルセロナで行われた世界最大級のスマートシティエキスポでファイナリストに選ばれている。今回、同市のスマートシティ化を担うモンテビデオ市役所サステナブル・スマート開発部長Carlos Leonczuk氏に、同市のスマートシティへの取り組みやその背景にある想いについて話を伺った。
インフラとしてのデータ。オープン化に加え、使いやすさ向上を目指す
モンテビデオのスマートシティ政策の一つとして、オープンデータ、オープンサービス、フリーソフトウェア、オープンナレッジという四つの原則からなる「モンテビデオオープン」というデジタル化施策がある。
2010年から始まったオープンガバメント原則では、「情報は市民に属し誰もがアクセスできるべき」というオープンナレッジの考えの元、市が保持する情報を公開し、市民に実用的に使用してもらうことを想定している。例えば、公開された情報を使ってアプリケーションを開発するコンテストを開催するなど、情報を提供するだけでなく、市民からの要望や提案にじっくりと耳を傾け、実際に政策に盛り込んだり、官民間のコラボレーションを促したりしながら、市のインフラやサービスの向上を目指している。政府の透明性につながると同時に、市民の参加や協力を促し、一緒により良い都市を作っていこうとする想いが背景にある。
オープンデータ化を進めたあとは、市のデスクトップの70%はLinuxを使用するなど、オープンソースの標準的なソフトウェアを搭載したり、市が保持するAPIやソフトウェアを公開し市民がプロジェクトを始める際に修正しながら使用できるようにしている。
この施策の結果、2020年2月時点では、家や自動車の登録、建物の建設許可、税金の支払い、イベント開催許可などを含め、市の80%がデジタル化されているという。
国・地方公共団体がもつデータをオープンにするだけではなく、使いやすさを向上させることで、市民のエンゲージメントを高めている。公共団体がもつデータのオープン化が進んでいない国も多い中、実際に使ってもらい政策に活かすところまで考えているのが、モンテビデオの特徴の一つである。
交通インフラを整え、ストレスと大気汚染を減らす
次に市民生活に欠かせない「移動の自由」の観点から、スマートシティ政策について見てみよう。街中に設置されたカメラやセンサーで測定された交通状況が、モビリティマネジメントセンサーで集約・分析され、リアルタイムでの信号操作に活用されている。市内に119個設置されているカメラの場所はウェブサイト上で確認することができる。現在は騒音も測定しており、結果によって、モンテビデオ一の目抜き通りである7月18日通りを将来的にバスやタクシー、ウーバーなどに制限する可能性もあるという。
また、ラテンアメリカ初の交通状況観測システムも導入されている。例えば、電子標識に市内の交通混雑具合や交通事故などの情報が掲示されたり、アプリを通してバスの現在地などを知ることができる。
市民の利便性だけではなく、生活環境にも考慮して、バスやタクシーの電気自動車化も進めている最中だ。自転車の使用も促進しており、自転車専用レーンを増やしたり、モンテビデオ市民が持つことができる共通交通カードを使って公共自転車を借りられるシステムを導入したりしている。
交通インフラを整えることで、大気汚染や渋滞のストレスを減らし、市民の健康を守っている。
アイデア出しから実現に至るまで、市民の参加を促すデザイン
上記のデジタル化や交通インフラ施策は、膨大なデータとテクノロジーを駆使できる「政府」や「自治体」「大企業」が主語になりやすい分野である。実際、スマートシティと聞くと、これらの団体が取り組むイメージが強いかもしれない。
しかし、本来スマートシティとは、その目的においても手段においても「市民」の存在がないと成り立たない。
「スマートシティは技術的なものではありません。市民の生活の質を高めることが第一です。そのため、市民のニーズや望んでいることを知ることに努めています」とCarlosが言うように、モンテビデオは、市民の積極的な参加を必要とし、市民が簡単に楽しく市政に参加できる工夫を施している。
モンテビデオは1990年から、市民が提案し市民が選んだプロジェクトに対する予算「Participatory Budget」(市民の参加予算)を持っている。一つのプロジェクトで最高約750万円(1ウルグアイペソ=2.5円)の予算がつく。この施策によって市民の本当のニーズが明らかになり、市役所の業務効率化につながるのだ。2、3年ごとにアイデアを募集し、直近では2018年に831もの提案が提出されたのち、採択された51のプロジェクトが2019年から2020年に施行される。プロジェクトは、公園の整備や公共スペースでの運動施設の設置、シネマのリノベーション、自転車専用道路の設置などである。
この予算を使って2020年4月に完成した複合型公共スペースには、雨水を集め再利用する施設や自転車の修理場、交通情報用スクリーンが設置されている。そして、ウルグアイ人にとって欠かせないマテ茶にも使えるお湯供給場も用意されているという。
さらに、2018年からは「Montevideo Decide」という市民直接参加型デジタルプラットフォームもはじまった。アプリ上で、街灯や街路樹、ゴミ、水道管などに関する意見や改善点を提案したり、ディベートをしたり、出されたアイデアに投票したりすることができる。2018年には258個提出されたアイデアのうち、10個のアイデアが市側のフィジビリティスタディの対象に選ばれた。この予算で、フェリーの新路線を開通させたり、市内初のペット用の公園を整備したり、歩行者専用道路を取り付けたりしている。また、ジェンダー平等計画の一環として、現在90%以上が男性の名前に由来しているストリート名を多様化するために、まだ名前のついていない公共空間に新しい女性の名前を募集し、投票できるようになっている。
こういったオンラインでの参加と同時に、実際に市役所職員が中学校や高校に行き、生徒たちに向けてコンテストを開いてアイデアが実現されるケースもある。
これらの施策の結果、四半期に一回、市民に対して実施している街の満足度アンケートでは、「清潔さ」と「公共交通機関」「フェスティバルやカーニバルなどのクリエイティブ活動」に対して、市民の満足度は高いという。
アイデア出しからその実現に至るまで、すべての過程で市民が欠かせないようにデザインされているのだ。
スマートシティ化の目的とは?
「デジタル」「交通」「市民参加」など多面的にスマートシティ化を進め、スマートシティエキスポでも評価されているモンテビデオ。こちらのビデオを見ていただくと、モンテビデオのスマートシティの様子がよりイメージしやすいだろう。
スマートシティ優等生としてのモンテビデオだが、他の都市へのアドバイスは何かあるかと聞いたところ、思わぬ回答が返ってきた。
「特にないです。例えば、他の中央アメリカの国では火山が多かったりするので、スマートシティの焦点は、災害へのレジリエンスを高めることです。このように、それぞれの都市が異なった課題を抱え、スマートシティの目的も異なっています。」
都市が違えば、スマートシティの目的も違う。スマートシティありきではなく、あくまで目指したい社会をつくっていくための「手段」と理解しているのが伝わってくる回答だった。
編集後記
モンテビデオの街を歩いていると、ゴミが少なく緑が多いことに気づく。
今回の話を聞いて、街の景観や交通など市民の生活の質に直結する事柄に対して、市民の声を聞きやすいプラットフォームを用意し、政策に反映する市政があってこそ、この街並みが成り立っているのだと、謎が解けた。また、街にはグラフィティーアートも多い。これに対して特に規制はないという。むしろ、ゴミ箱にもグラフィティーが描かれており、市民はそれに対して親しみを持っているようだ。
「スマートシティ」という手段が先にくるのではなく、「暮らす人の生活の質を向上させたい」との想いがあってこその、スマートシティ。行政と市民が同じ目標を共有し共創することで、今の南米一生活の質が高い都市モンテビデオの姿があるのだろう。
後編では、南米初のサステナブルスクールの活動から、「南米一幸せな国ウルグアイに学ぶ、本当の先進国とは?」の問いについてさらに考えを深めていく。
【参照サイト】Intendencia de Montevideo(モンテビデオ市役所HP)
"本当の" - Google ニュース
June 30, 2020 at 04:00PM
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【前編】南米一幸せな国ウルグアイに学ぶ、本当の先進国とは? 〜スマートシティ編〜 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン - IDEAS FOR GOOD
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