若者は社会をどう見ているのか
先の衆議院選挙の投票率は、戦後3番目に低い結果であった。以前から若者への啓発の必要性が指摘されてきたが、今回も若者の投票率の低さが目立った。この結果は大変残念だが、しかしだからといって、年配者の想像や憶測に基づいて、若者を一方的に問題視するだけでは埒が明かない。
教育関係者をはじめ多くの論者たちはむしろ、若者に寄り添いながら、若者の葛藤や不安を把握し、それらを解決していくことこそが重要だと指摘している。それゆえ、彼らはこう問うている。
若者は社会をどう見ているのか、と。
〔PHOTO〕iStock本稿では、この問いを重視する立場を「若者共感論」と呼ぶことにしたい。若者共感論は、若者自身の視座を重視する点で、若者と真摯に向き合っているように見える。けれども、本稿ではあえてこう問うてみたい。若者共感論は、本当に若者に向き合っているといえるだろうか、と。あるいは、こう問うてもよい。「若者に向き合う」とはどのようなことか、と。
以下では、この論点を共有することを目的に、(1)まず若者共感論が依拠する諸前提を論じ、その意義について確認する。(2)次いで、日本社会の現況を一瞥することによって、日本社会の現況は、若者共感論にとってのいわば「死角」であること、(3)そして、その死角にこそ若者にとっての根本問題があることを示し、(4)最後にその解法についての見通しを述べることにしたい。
からの記事と詳細 ( 本当の「若者の政治参加」を実現するためには「中高年の意識改革」こそが必要だった - 現代ビジネス )
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